環境問題と産業連関分析


(エコロジカル・フットプリント)

近年は観光が自然環境を破壊する恐れが指摘されてきています.自然環境そのものが観光の目的の1つであることを考えると,もし観光が自然環境を破壊しているのであれば,いずれ観光業そのものが立ち行かなくなる危険性があります.したがって,自然環境に配慮した観光の促進と言う側面が重要になるのですが,この問題を考えるにあたって,エコロジカル・フットプリント(Ecological footprint)と言う概念が最近クローズアップされてきています.エコロジカル・フットプリントとは,人間の活動がどれだけ自然環境に依存しているかを表す指標で,自然環境の消費量を土地面積で表すところにその特徴があります.エコロジカル・フットプリントの概念は,ワッカーナーゲル(Mathis Wackernagel)が,カナダのブリティッシュコロンビア大学へ提出した博士論文において最初に提示したもので,その指導教官であったリース(William Rees)がその概念をエコロジカル・フットプリントと名付け,1992年に専門雑誌で紹介したことから広く一般が知るところとなりました.1996年には,ワッカーナーゲルとリースは,共同でエコロジカル・フットプリントに関する本を執筆しています.

エコロジカル・フットプリントは,前述したように人間1人の活動に必要な土地面積ですが,例えば,道路,建物の建設に必要な土地面積,食料の生産に必要な土地面積,活動によって発生する二酸化炭素の吸収に必要な森林面積等の合計として計算されます.地球の総面積を総人口で割ると,1人あたりに割当てられるエコロジカル・フットプリントが計算できますが,この値は1.8haであるとされています.日本人だと4.3ha,米国人は9.5haだそうです.Wikipediaに各国のエコロジカル・フットプリントがグラフになっているものがあります.これを見ると,先進国が高い値であることが分かります.

(観光と環境負荷)

このエコロジカル・フットプリントと言う概念を援用して,今まで勉強してきた産業連関分析を用いて観光の環境負荷を測定することができます.この分析手法は伊佐 (2007)で沖縄県における観光について使用されていますが,以下簡単に,使用されている分析手法の概要を説明することにします.

「地域産業連関分析」で説明したように,投入係数行列をA,移輸入対角行列をM,最終需要ベクトルをFとすれば,第一次波及効果は,

と表すことができました.

第j産業の単位生産額あたりの土地の利用面積をejとします.このejを第j産業の土地利用原単位と呼びます.第j産業の生産額をxjとすると,第j産業の土地利用面積はejxjとなります.この土地利用面積の中には,第j産業が直接用いているものと,第j産業の生産のために必要な中間投入物を生産するために他の産業が用いている土地が含まれています.第i産業から第j産業に投入される財をxijとします.第i産業の移輸入係数をmiとすると,第j産業の中間投入物として第i産業が域内で生産する額は(1-mi)xijとなります.これに第i産業の土地利用原単位を掛けると,第j産業の生産が誘発した第i産業の土地の利用面積が計算できます.これをすべての産業について計算し足し合わせると,第j産業が誘発した土地利用面積を計算できます.これを間接的な土地利用と呼びます.直接的な土地利用面積をhjとすると,土地利用面積に関する均衡式として

 

を得ることができます.X*を対角要素に各産業の生産額が並ぶ行列,A'をAの転置行列,eを各産業の土地利用原単位を並べたベクトル,Hを各産業の直接的な土地利用を並べたベクトルとすると,上の式に行列計算を繰り返すことによって,

と土地利用原単位について陽表的に解くことができることが分かります(伊佐 (2007),p169参照).域内最終需要を対角要素に並べた行列をF*とすると,最終需要に内包される土地面積は,

で求めることができます.各産業が最終需要に生産のために必要な土地資源量をこの式から計算することができることになります.

この方式を用いると,観光業の振興によって得られる追加的な所得額と共に,それに必要な追加的な土地資源量を求めることができます.持続的な観光業の発展をもたらすためにも,観光の促進とともに環境への配慮も必要であると考えます.

(持続的な発展)

経済の持続可能性とは,限りある資源を有効に使用しながら経済が持続的な発展していく可能性を探る研究として提示された概念です.この概念は,「環境と開発に関する世界委員会(World Commission on Environment and Developmane; WECD)」が,1987年に公表した報告書「Our Common Future」の中で,環境を限りある資源として中心的に捉えて,「持続的発展」を経済の発展と自然環境の維持を両立させる発展の形態として定義しました.以後のこの考えが定着し,持続的発展とは,経済と環境問題として捉えることが通常になりました.環境は経済学的には世代間の外部性のある公共財として捉えることができます.

(産業連関表による環境負荷分析)

経済の環境負荷を求めるには,産業連関表を用いて直接的に計算することもできます.実際の研究例では,阿部・新家(2006)が,岡山県の持続的発展をテーマとして,産業連関表を用いた分析を行っています.地域経済を再生させ発展させていくためには,経済発展と環境負荷のバランスをとることが重要です.そのための分析ツールとして,二酸化炭素の排出,廃棄物のリサイクルなどの分析に対して,産業連関表は幅広く使用されています.(例えば,慶應義塾大学産業研究所の未来開拓プロジェクトなどが挙げられます.)

産業連関表の各部門の単位当たりの生産活動によって,どれだけの環境負荷が直接的間接的に発生するかを表す数値は,環境負荷原単位と呼ばれます.わが国の環境負荷原単位は,国立環境研究所のホームページからダウンロードすることができます.国立環境研究所は,1997年にCO2を対象とする原単位を発表し,2002年からはエネルギー消費や大気汚染物質に関する原単位も発表しています.この環境負荷原単位の応用例としては,脱温暖化2050プロジェクトで発表された,南斎(2008)などがあります.

参考文献

Rees, William E. (1992). "Ecological footprints and appropriated carrying capacity: what urban economics leaves out". Environment and Urbanisation 4 (2): 121-130.

Wackernagel, Mathis & Rees, William (1996)"Our Ecological Footprint" (New Society Press).

WCED (1987) "Our Common Future" (Oxford University Press).

阿部宏史・新家誠憲(2006)「岡山県経済の持続的発展に向けた企業誘致戦略に関する基礎的研究」.

伊佐良次 (2007)「持続可能な観光と沖縄県における観光の産業連関分析」,『地域政策研究』第9巻、159-173頁.

南斎規介(2008)「産業連関分析によるCO2排出原単位のカーボンラベルへの利用可能性」,脱温暖化2050プロジェクト発表論文.